相続法改正

遺言執行者に関する見直し

特別の寄与の制度が新設されました

配偶者居住権

遺言制度に関する見直し

 

遺言執行者に関する見直し

1 遺言執行者の地位の明確化

(1)従前の扱い

 旧法では,遺言執行者は「相続人の代理人とみなす」(旧1015条)とだけ規定されていました。そのため,遺言者の意思と相続人の利益が対立する場合に,遺言執行者と相続人の間でトラブルになることがありました。

(2)改正の内容

 そこで改正法では,「遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」とされ(民法1012条1項),遺言者の意思と相続人の利益が対立する場合においても,遺言執行者はあくまでも遺言者の意思に従って職務を行えばよいことになりました。
 遺贈の履行は遺言執行者のみが行います(民法1012条2項)。
 また,「相続人に対して直接にその効力を生ずる」(民法1015条)と定められ,遺言執行者の行為の効果は相続人に帰属することが明確になりました

(3)実務への影響

遺言執行者の法的地位が明確にされたことで,相続人の意思に惑わされなく遺言者の意思にそって遺言執行者ができるようになりました。


2 遺言執行者の権限の明確化

(1)従来の扱い

 遺産に属する特定の財産を共同相続人の1人又は数人に承継させる内容の遺言がある場合(相続であって遺贈ではない場合),その相続人は直ちにその遺産を確定的に取得するとされています。したがって、特定の物を相続人に相続させる遺言があった場合は,遺言執行者は相続人への引渡義務を負わず、受益相続人は、直ちにその物の所有権を取得し占有・管理ができます。
 不動産についてもその相続人の単独の登記申請が認められます。そのため,遺言執行者は不動産登記手続きに関しては,権利も義務もないとされてきました。
 また、預貯金の解約や払戻は、多くの銀行において遺言執行者が行うことも認められてきましたが、法的権限が曖昧でした。


(2)改正の内容

対抗要件具備権限の付与
しかし,不動産などの対抗要件具備はその権利を完全に移転させるために必要で,また,受益相続人の法定相続分を超える部分については,第三者との関係では対抗問題として処理されることになったので,対抗要件具備行為については重要な行為として,受益相続人とともに遺言執行者もその権限に含めるものとされました(民法1014条2項)。
したがって,財産が債権の場合には,第三者の対抗要件を備えるためには,債務者への確定日付ある通知を行うと共に,相続人への債権証書の引渡しを行うことが必要ですので,遺言執行者はそれを行う権限があります。また,銀行などへの通知の際には,本来の法定相続分を超える場合は遺言書の内容を明らかにしなくてはならないことになりました(民法899条の2)。

対抗要件具備権限の付与預貯金の解約,払戻も遺言執行者が行えることが明記されました(民法1014条3項)。但し,ある金融機関の預貯金債権の一部を特定の相続人に相続させる場合には,全部の預金を解約させるとトラブルが起こるので,遺言執行者が行う解約の申入れは,その預貯金債権の全部が遺言の目的である場合に限られます(同3項但書)。なお,預貯金以外の金融商品については様々なものが考えられ,例えば値段が上限する商品については解約の時期によって損得が生ずるので,遺言執行者の権限付与の規定は設けられませんでした。したがって,解約権限があるかどうかは遺言の解釈に委ねられます。実際上は,相続人の意思を確認しながら実務を行うことになるでしょう。


(3)実務への影響
 
 いずれにしても,遺言執行者の権限が明確にされたことは良いことです。新法では,遺言執行者は任務開始後遅滞なく遺言の内容を相続人に通知することも規定されました(民法1007条)ので,従来よりもトラブルは少なくなるでしょう。
 なお,施行日は2019年7月1日です。但し,施行日後に相続が開始した場合でも,遺言が施行日前に作成された場合は,遺言の中に特定の財産に関するものがあっても改正法は適用されません。
 なお,相続税の問題も重要ですので,専門家と相談してください。今は,平成25年改正内容が維持されており,基礎控除は「3000万円」+法定相続人数×600万円」となっています


2019年10月 弁護士 森田太三



特別の寄与の制度が新設されました!

(1)従前の扱い  

 相続人でない者が被相続人の療養看護等に努めた場合、相続人がいない場合には、「特別縁故者」として相続財産の全部又は一部の分与を受けることができます。
 では、相続人がいる場合はどうでしょうか?
 これまでは、相続人がいる場合に、相続人以外の者に分与を認める制度がなく、相続人以外の者は、どんなに被相続人の療養看護等に努めたとしても、相続財産を取得することはできませんでした。
 たとえば、被相続人には長男Aと長女Bがいて、長男Aは早くに亡くなり、相続人は長女Bのみであるという場合、長男の妻Cは、どんなに被相続人の療養看護に努めていたとしても、相続人ではないため、相続財産を取得することはできませんでした。
 このケースでは、長女Bという相続人が存在するため、「特別縁故者」として分与を受けることもできません。長女Bは、被相続人の介護を一切していなかったとしても、相続人として相続財産を全て取得することができます。
 このような事態は不公平ではないかと指摘されていました。

(2)改正の内容

 そこで、改正法は、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人ではない親族)は、相続の開始後、相続人に対し、寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払いを請求できるという「特別の寄与の制度」を新設しました。
 ただし、相続開始及び相続人を知った時から6カ月、相続開始から1年以内に請求しなければならないという期間制限があるので、ご注意ください。

(3)実務に与える影響

 上記の例のように、相続人ではない親族が介護等に貢献した場合、その貢献に報いることができるようになりました。
 ただ、介護等に貢献したのが民法上の「親族」ではない場合、たとえば内縁の夫婦や同性のパートナーなど実質的には家族同然の者であっても、「特別の寄与の制度」による保護は受けられません。
したがって、法律上の親族ではない者の貢献に報いるためには、遺言を遺しておくことが重要となります。


まとめ

相続人でない者が被相続人の療養看護等に努めた場合
 相続人がいない場合
  「特別縁故者」として相続財産の分与を請求できる
 相続人がいる場合
  民法上の「親族」であれば、「特別寄与料」を相続人に請求できる
  民法上の「親族」以外の者についての制度はなし→遺言が重要

                          

2019年5月 弁護士 酒井桃子

 


配偶者居住権

第1 配偶者の居住権を保護するための方策

 1 配偶者居住権(1028条以下)

(1) 従来の扱い

 夫と妻が、夫名義の建物で2人だけで生活していたが、夫が死亡したとしましょう。遺産は、夫名義の土地・建物(時価2000万円)と預貯金(2000万円)です。夫の法定相続人は、妻と2人の子で、子は2人とも独立しています。
 上記のような例では、妻と子らの親子関係が良好であれば、子らは、母親が父親の遺産で老後を過ごせるよう配慮して遺産分割をすることになります。
 しかし、親子関係が悪化していると、そのような配慮は期待できず、法定相続分に従い遺産分割をすることが多いでしょう。
 そうすると、妻が住み慣れた家に住み続けるため、土地と建物を相続しようとすると、妻は預貯金を相続できません。遺産全体の評価額は4000万円(土地・建物と預貯金の合計額)、妻の法定相続分は2分の1、子の法定相続分はそれぞれ4分の1ずつですから、妻は時価2000万円の土地・建物を取得すればそれ以上は取得できず、残りの預貯金を子が1000万円ずつ分け合うことになるからです。
 しかし、これでは、妻は住み慣れた家に住み続けることができても、預貯金を全く取得できません。妻自身にあまり預貯金がない場合、妻の今後の生活に支障が生じる可能性があります。

(2) 改正の内容

 そこで、改正法は、残された配偶者保護のため、被相続人の配偶者(生存配偶者)は、被相続人所有だった建物に相続開始時に居住していた場合において、①遺産分割で配偶者居住権を取得するとされたとき、または、②配偶者居住権が遺贈されたときは、その居住建物の全部につき無償で使用収益をする権利(配偶者居住権)を取得するとしました。
 配偶者居住権を取得した生存配偶者は、相続時に「配偶者居住権の財産的価値に相当する金額を相続」したものとされ、その分を具体的相続分から控除されることになります。

(3) 実務に与える影響

 配偶者居住権の創設により、上記の例はどうなるでしょうか。
例えば、配偶者居住権の財産的価値が500万円だとすると、妻は、配偶者居住権のほか、預貯金1500万円を取得できることになりますから、その後の生活費に困ることは少なくなり、説例のような不都合は改善されることになりました。他方、2人の子は、土地・建物及び預貯金500万円を分け合うことになります。
 このように配偶者居住権は、建物使用者(配偶者)と所有者を異にする制度ですので、配偶者と建物の所有者との関係が良好でないと、円滑な運用は難しいと思われます。特に、遺贈により配偶者居住権を取得させる場合は注意が必要でしょう。



 2 配偶者短期居住権(1037条以下)

(1) 従前の扱い

 夫と妻が、夫名義の建物に同居していたが、夫が死亡したとしましょう。夫の法定相続人は、妻と、先妻との間の子2人の合計3名です。夫が死亡するや否や、先妻との間の子2人は、妻に対し、「この建物は私たちの共有だ。あなた(妻)が一人で住み続けるのならば、家賃相当額を直ちに支払ってほしい。」と言い出しました。妻は家賃相当額を支払わなければならないでしょうか。
 従前の判例は、特段の事情のない限り、被相続人の死亡後遺産分割協議が成立するまでの間、使用貸借関係の成立を認め、家賃相当額の支払を不要としていました。この判例を参考にして、今回の改正で創設されたのが配偶者短期居住権です。

(2) 改正の内容

 改正法では、生存配偶者が、被相続人の財産に属した建物を相続開始の時に無償で居住していた場合、次の①及び②の期間、居住建物を無償で使用する権利を有するとしました。

① 居住建物について、配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をする場合、(ア)遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日、または(イ)相続開始の時から6か月を経過した日のいずれか遅い日までの期間(したがって少なくとも6か月間は居住可能)

② ①以外の場合、居住建物取得者は、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申し入れをすることができるが、この申し入れの日から6か月を経過した日までの期間

(3) 実務に与える影響

 配偶者短期居住権は、生存配偶者に一定期間無償で建物に居住することを認め、建物の明渡しを猶予する制度です。
 もともと、被相続人と同居していた生存配偶者は、判例法理で一定の保護は図られていましたが、改正法では、その内容や成立要件が明確に規定され、問題が生じる場面が少なくなり得ると思われます。
 なお、上記1記載の配偶者居住権とは異なり、配偶者短期居住権の場合、短期居住権の取得による利益は具体的相続分には算入されません。


2019年3月 弁護士 油木 香

 

遺言制度に関する見直し

 ここでは,自筆証書遺言の方式の緩和と自筆証書遺言の保管制度の創設及び遺言執行者の権限の明確化等についてご説明します。


1 自筆証書遺言の方式の緩和

(1)従来の扱い

 自筆証書遺言(自分で作成する遺言)については,遺言書の全ての文面を自筆で書く必要がありました。例えば,財産が山林,農地,有価証券,貴金属,預金等沢山にわたる場合でも,全て自署しなければ有効と認められませんでした。しかし,これでは作業が大変で,特に高齢者の場合には作成が困難となりますし,間違った場合の訂正も大変でした。

(2)改正の内容

 そこで改正法では,自筆証書遺言の本文は自署が必要ですが,相続財産の目録については自署を要しないとしました(民法968条2項)。したがって,目録はパソコンによる作成や代書でも構いませんし,不動産の全部事項証明書や預金通帳のコピーを目録として使用することもできることになりました。但し,偽造等を防ぐために目録の各ページに本人の署名と押印が必要です。
 本文・目録の加除訂正 加除訂正の方法については従来と同じです(民法968条2項)。本文も目録部分も同じ方法によって加除訂正しなければなりません。目録全体を差し替える場合も注意が必要です。詳しくはご相談ください。

(3)実務の影響

 財産が多種にわたってある場合,また不動産が複数ある場合,これを自筆証書遺言で作成することは大変でした。また,高齢化社会の現在では,手間のかかる方法は敬遠されます。したがって,従来こうした場合は公正証書遺言を作成するのが一般でした。今回の改正法は,この様なケースでの自筆証書遺言の作成を容易にする利点があります。
 但し,自筆証書遺言の作成自体を争う遺言無効の訴えや後日の遺言執行のトラブルを避けることになるかは疑問です。
 死後のトラブルを避けるために慎重に遺言を作成するなら,やはり公正証書遺言の方をお勧めします。
 なお,この改正は平成31年1月13日から施行されています。


2 自筆証書遺言の保管制度

(1)従来の扱い

 公正証書遺言は公証人役場で厳重に保管され,どこの公証人役場に保管されているか検索することができます。しかし,自筆証書遺言を保管する制度はありませんでした。これではせっかく作成しても紛失したり隠匿されることになっては意味がありません。

(2)改正の内容

 そこで改正法では,法務局が遺言書の保管所となることになりました(遺言書保管法2条)。申請は遺言者本人が行い,第三者は行えません。また,自筆証書遺言は封をしない状態で申請します。
法務局では遺言書原本を保管するとともに,保管遺言が災害等で滅失しないよう遺言書をデータ化して画像データも保管します。
 遺言者は,いつでも遺言書の閲覧ができます。また,保管の申請の撤回もでき,遺言書の返還を請求できます。いずれも,本人が保管場所に出向いて申請することが必要です(同6,8条)。
 遺言者が死亡した後は,どこの法務局に対しても,自己(請求者)が相続人,受遺者等となっている遺言書が遺言書保管所に保管されているかどうかを証明した書面(遺言書保管事実証明書)の交付を請求することができます(同10条)。また,その存在が分かれば,関係相続人等はどこの法務局に対しも,遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付請求や遺言書原本の閲覧請求ができます(同9条)。

(3)実務の影響

  自筆証書遺言の作成が容易になれば,これを適正に保管することも必要になってきますので,一定のニーズがあると思います。そうなれば,親族が死亡した場合には,法務局に遺言書保管事実証明書の交付を請求することが必要となってくるかもしれません。
 但し,法務局は保管するに当たり,その遺言の保管申請が本人によってなされたことは確認できますが,遺言の内容や遺言者に遺言証書を作成できる能力があったかどうかをチェックすることは行いませんから,その点のトラブルは残ります。
 なお,遺言書保管法の施行期日は令和2年7月10日(金)からと定められています。

2019年3月 弁護士 森田太三